2009年7月 5日 (日)

7/5 18:00~21:00
カレッジ神戸(阪急六甲)

全11名参加
 →Soprano:3,Alto:2,Tenor:1,Bass:4,Cond:1

(練習曲)
「Missa Brevis」より
 Credo (G.P.da Palestrina 作曲)

 今日は二桁の参加があった。今日の練習では「Credo」を初めて取り組むことになった。ミサ曲の中では一番演奏時間が長いので、これをマスターできれば、あとはかなり楽である。
 今日の練習では、51小節目までを少しずつ譜読みをしながら色を付けていくというスタイルだった。譜読みをする力がある程度ないと出来ない形ではあるが、なんとかついていくことができた。しかし、実際に色を付ける段階になるとボロがでるものだ。母音の発音が正確にできていなかったことだ。特に「u」の発音だ。いわゆる日本語の「う」ではなく、若干「お」に近い発音になる。発声時に常に同じ位置で歌うのを意識しつつも、言葉が聴き手に正しく伝えるということの難しさを感じた練習だった。
 また、テナーは4度、ベースは5度の音程の変化を意識することは個人的には慣れていない。作品に書かれたパターンをよくつかんでいき、慣れていくことが必要な気がした。
 ひとまずは3分の1は譜読みができたかなという段階。今年中には全曲それなりの演奏ができるだろうか。

次回は7月26日(日)カレッジ神戸で18:00~21:00です。

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7/5 9:30~12:00
苔谷公園コミュニティセンター集会室

全13名参加
 →Soprano:2,Alto:4,Tenor:2,Bass:4,Cond:1

(練習曲)
(D) Dolcissima mia vita (Carlo Gesualdo 作曲)
(D) 故郷(高野辰之 作詩/岡野貞一 作曲/フィリップ・ローソン編曲)
(B) Calme des nuits (Camille Saint-Saens 作曲)
(A) Madonna, Sua Merce, Pur Una Sera (Luca Marenzio 作曲)
(B) And So It Goes (ビリー・ジョエル 作詩・作曲/ボブ・チルコット編曲)
(B) 小さな空 (武満徹 作詩・作曲)


 今日は諸般の事情により、練習開始は10時過ぎとなり、練習時間は若干短かった。
 最初はコンクール課題曲である「Dolcissima mia vita」。この作品はルネサンス期としては譜読みは難しい部類に入る。ただ、それをメンバー各人が認識しているのなら、多少は自分でやっておくべきではないだろうか。1から10まで練習時間でやってもらおうという考えは甘すぎる。これから演奏会に向けてメンデルスゾーンも譜読みをして仕上げていくのだから、このような取り組み方では絶対にいけない。譜読みは練習のうちに入らない。無駄に時間を過ごすことのないよう、自身の反省も含めて考えを改めなければならない。
 今回も演奏会の作品が中心だが、そろそろコンクールで演奏するマレンツィオ2曲を優先的に取り組みたい。「Madonna, Sua Merce, Pur Una Sera」は思っているよりも破たんすることなく歌えているので、これからしっかり色を付けておきたいところ。あとの4曲は今のところ慌てる必要はない。まずは譜読みがしっかりできているかを確認する程度でいいだろう。ただ、発声の基本はしっかり考えておくこと。特に「Calme des nuits」は発声のコントロールが強く要求される。
 コンクールまでは基本13回しか練習回数はない。これからは課題曲の譜読み、自由曲の仕上げを最優先し、残りの作品は日別に何をやるかを明確にしたほうがいいと思う。ただ、何曲もさらうだけでは意味がない。残り5か月の練習を細かく計画するべき時期が来たのではないだろうか。
 これからメンデルスゾーンのデータを作成するのだが、これは合唱団の練習に使うのではなく、各自が自主的に譜読みをするためのものである。如何に自分で譜読みをするか、これはコンクールだけでなく、演奏会の成功にも大いに左右されるものだということを認識したいものだ。忙しいのは皆同じだ。

関西合唱コンクールまで練習回数はあと13回

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2009年7月 1日 (水)

声楽アンサンブルの取り組み

 私自身、高校時代にテレビに出たいという動機不順な理由で合唱界に首を突っ込んでから今年で25年になる。途中、ブランクが2回あったものの、今でも現役で続けているのは合唱というものの面白さが自分に合っているからだろう。特に小編成でのアンサンブルというものは本当に奥が深い。タリス・スコラーズ、オルランド・コンソート、ヒリヤード・アンサンブル、キングズ・シンガーズ、アンサンブル・クレマン・ジャクカンなど、すばらしいお手本もあり、小編成ならではの美しさは健在である。選曲にある程度の制限はあるものの、多くの人数を集めなくても、美しいアンサンブルを奏でることができるのは魅力である。楽器も要らないのでコストもかからない。
 私は、昨年の今頃までは無伴奏こそがアンサンブルと思っていたが、昨年末の神戸松蔭女子学院大学の公開講座で歌ったバッハのモテットは、大きなターニングポイントだったかもしれない。これ以降、バロックやオルガンの伴奏のついたアンサンブル、リュートの作品にも興味が出てきており、必ずしもアンサンブルは無伴奏でなければならないという拘りは消えた。むしろ、教会や礼拝堂で宗教曲をオルガンの通奏低音に乗せて歌うという本来の「アカペラ」の方が面白いのではないかと思った。
 アンサンブルに取り組む上での前提条件として、ホールで歌うのか、それとも教会や礼拝堂で歌うのかを考えた時にどちらがより美しいアンサンブルを奏でることができるのか。また、技術的なことを中心に取り組むのか、または作品の意味や当時の時代背景を考えながら取り組むのか、何が一番いいのかを最近考えることが多い。
 今はコンクールやホールでのコンサートも非常に魅力的ではあるが、来年以降は教会や礼拝堂といった少々こじんまりとした所で歌う、そういった取り組み方の方が自分には合っているのかもしれない。今年年末の「Medieval Voice」の演奏会が終わったら、一合唱人としてどのような取り組み方が一番いいのかをじっくり考えていきたい。今は2つの合唱団で活動しており、ともに小編成の混声でありながら微妙に方向性が異なる。案外答えは簡単に出てくるかもしれない。

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2009年6月27日 (土)

6/27 18:00~21:00
苔谷公園コミュニティセンターふれあいホール

全11名参加
 →Soprano:4,Alto:2,Tenor:0,Bass:4,Cond:1

(練習曲)
(B) Calme des nuits (Camille Saint-Saens 作曲)
など

 今日の練習は、私は最後の30分のみ参加。自宅のエアコンの付替えのためだが、その間の練習はかなり大変だったようだ。
 ということで私が歌ったのは1曲のみ。この間の練習に参加した限りでは、先週と同様に最初のところでアルト、ベースの同じ音が続くところで苦労している。同じ音が続くのは実は難しく、如何にして声をコントロールしていくかが大変なのだ。この2パートがターゲットになっていたが、これが出来ないとアンサンブルが決まらない。ソプラノも同様で、同じ音が続くだけでなく、長く伸ばすところの音程のキープが出来ていない。無理に伸ばそうとするあまり、不要なビブラートが音程の変化がアルト、ベース以上に目立っているのが気になった。
 わずかな時間の参加だったが、今日の練習を見る限り絶不調としか言いようがない。幸いにもこの作品は11年前に演奏経験があり、そのデータも持っている。もう一度聴き直して何が駄目なのか、どうすればいい演奏ができるかを考えたいと思う。

関西合唱コンクールまで練習回数はあと14回

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2009年6月26日 (金)

マイケル・ジャクソンさん急死 スキャンダル 体むしばむ

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090626-00000156-san-soci

 ■「ムーンウオーク」社会現象に

 25日に死去したマイケル・ジャクソンさんはポップスの歴史を塗り替えた文字通りのスーパースターだった。ダンスや映像を駆使した独自のパフォーマンスは若者に社会現象を巻き起こした。半面、私生活はスキャンダルとトラブルの連続で、ストレスからくる健康問題に悩まされた。
 ジャクソンさんの人気を不動にしたのは1980年代の大ヒット曲「スリラー」。オオカミ男の特殊メーク姿でゾンビ姿のダンサーと踊るプロモーションビデオは、「音楽は聴くもの」という概念を覆した。

 つま先立ちで後ろ向きに滑るように踊る「ムーンウオーク」も一世を風靡(ふうび)。まねをした若者がけがをするなど社会現象化した。ある音楽関係者は「見せる音楽はヒップホップをはじめとして今の音楽の基本となっている。ブラックミュージック界のビートルズといえるだろう」と評価する。
 しかし、栄光の陰では、常にスキャンダルと健康問題につきまとわれた。ジャクソンさんは体形維持のためもあり極端な小食で知られ、心配した母親らが無理に食事を取らせていたともいわれる。またハードスケジュールの中、病気などで入退院も繰り返した。1984年にはCM撮影中に事故で大やけどを負い、皮膚移植手術を受けたが、その際、痛みを抑えるため薬物が病みつきになったとされる。
 93年には皮膚の色素を作るメラニンが失われていく「尋常性白斑」という皮膚病との診断を受けたほか、95年にはリハーサル中に脱水症や低血圧で倒れ、一時入院した。
 しかし、何より健康を悪化させたといわれるのが1年以上続いた性的虐待罪の裁判だった。2005年6月には背中の痛みを訴え、病院の緊急治療室に運び込まれ、「ストレスで病院に来るにも大変なほど病状は深刻」(ジャクソンさんの広報担当者)で、一時は裁判の続行が危ぶまれ、死亡説も流れたほどだった。
 度重なる整形手術による感染症の不安もあった。今年2月には英紙が、鼻を手術した際に抗生物質の効かないメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)に感染、菌が全身に広がっており、病院に通っていると報道。関係者は「極めて健康」と打ち消したが、その後、7月に予定されていたロンドン公演が延期されるなど健康問題があらためて取りざたされていた。【6/26 産経新聞】

 「ビート・イット」、「ビリー・ジーン」、「スリラー」など、私の高校・大学時代のスーパースターだったマイケル・ジャクソンさんの訃報。「キング・オブ・ポップ」と呼ばれ、80年代はまさに彼の時代だった。今では当たり前となったプロモーションビデオによる「見せる(魅せる)音楽」の走りであり、ポピュラー音楽の時代を変えたといってもいいだろう。
 晩年は本業である音楽ではなく、スキャンダル、トラブル、健康問題でしか話題にならなかったのは残念でならない。まだ50歳の若さだっただけに、まだまだ彼の勇姿が見たかっただけに本当に惜しい。ご冥福を祈るしかない。

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2009年6月21日 (日)

6/21 18:00~21:00
カレッジ神戸(阪急六甲)

全9名参加
 →Soprano:2,Alto:1,Tenor:1,Bass:3,Cond:1

(練習曲)
「Missa Brevis」より
 Kyrie、Gloria (G.P.da Palestrina 作曲)

 今日は1名見学があった。掛け持ちしている合唱団で歌っているS氏である。ここのところ合唱団としては3回連続で見学者有りという快挙を達成している。徐々にではあるが盛り上がってきていると思う。
 練習の方は残念ながら若干少なめではあったが、全パートおり、少ないながらも充実した練習ができたと思う。まずは2曲はそれなりに歌える状態になったのではないかと思う。教会や礼拝堂で歌う作品なので、本来はフォルテはいらないのだが、今回はあえてしっかり歌うことを考え、フォルテで歌うことにした。間違ったピアノで声が届かないよりは、敢えてフォルテで歌うことで観客に伝わればOKという感じだろうか。
 ひとまずはいい感じで練習は進んでいるので、次回以降を楽しみに練習していきたい。そろそろ成果を発表する機会を考えた方がいいかもしれない。
 練習日程については7、8月を確定させ、7月は5日と26日、8月は9日と23日となった。次回からはグレゴリオ聖歌を発声練習代わりに使うということなので、楽譜はしっかり持参しなければ。

次回は7月5日(日)カレッジ神戸で18:00~21:00です。

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6/21 9:30~12:00
苔谷公園コミュニティセンター集会室

全11名参加
 →Soprano:3,Alto:3,Tenor:1,Bass:3,Cond:1

(練習曲)
(D) Dolcissima mia vita (Carlo Gesualdo 作曲)
(D) 故郷(高野辰之 作詩/岡野貞一 作曲/フィリップ・ローソン編曲)
(B) Vere Languores Nostros(Tomas Luis de Victoria作曲)
(B) 小さな空 (武満徹 作詩・作曲)
(B) Calme des nuits (Camille Saint-Saens 作曲)

 合唱祭明けの最初の練習、今日はコンクール課題曲と演奏会の作品を3曲練習した。関西合唱コンクールまでそれほど練習回数が無いことを考えれば、若干疑問の残る練習だった。課題曲は各人が譜読みをしっかりやっておくこと。譜読みくらいは自分でやっておかないと、十分な練習ができない。私自身を含め譜読みの習慣は身につけたいものだ。
 「Calme des nuits」では、最初のところはアルト、ベースは同じ音が続く。歌う中で同じ音が続くところは結構難しい。発声の基本が最も要求されるところなので、丁寧に歌いあげることが課題である。脇役のパートではあるが、ここがきっちり決まるとアンサンブルが引き締まる。ここで、個人的に特に気になったのがソプラノ。合唱祭のときもそうだったが、メンバー各人がきっちり聴き合い、声を合わせようとする意思が非常に弱いと感じた。各人の声の方向性が全く合っていないので、非常に歌いずらかった。実は最後の方で、耳を塞いで歌っていたのだが、これは自分のパートを聴くためではなく、ソプラノを聴きたくないからだった。主旋律を歌うケースが多く、非常に目立つパートなので、もう少し考えて歌ってほしいと感じた。
 もちろんベースも同様のことが言えると思う。目立たないだけなので今後十分考えて歌わなければならない。

関西合唱コンクールまで練習回数はあと15回

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2009年6月20日 (土)

6/20
第44回演奏会
ルネサンスのア・カペラの響き

第44回演奏会
ルネサンスのア・カペラの響き

会場:カトリック阿倍野教会(大阪市阿倍野区)
開演:17:00

出演:ヴォーカル・アンサンブル ラルテ・フィオレンテ

プログラム
作曲:William Byrd(1540~1623)
(アンコール曲はTomas Luis de Victoria作曲)

第1部
  Liber primus sacrarum cantionum
    1.Difecit in dolore
    2.Domine praestolamur
    3.O Domine adjuva me
    4.Tristitia et anxietas
    5.Memento Domine
    6.Vide Domine afflictionem
    7.Deus venerunt gentes
    8.Domine tu jurasti

第2部
  Mass for Four Voices
    Kyrie
    Gloria
    Credo
    Sanctus
    Agnus Dei
  Liber primus sacrarum cantionum
    9.Vigilate
    10.In resurrectione tua
    11.Aspice Domine de sede
    12.Ne irascaris Domine
    13.O quam gloriosum est regnum
    14.Tribulationes civitatum
    15.Domine secundum multitudinem
    16.Laetentur coeli

アンコール
    O quam gloriosum

 大阪市阿倍野区を拠点に中川創一氏が主宰している声楽アンサンブル「ラルテ・フィオランテ」の演奏会。ルネサンス期の宗教音楽の美しさをより自然なかたちで演奏する団体で、約10名のメンバーで定期演奏会を活動の中心としている。年に3~4回演奏会を開催しているのだが、なかなか予定が合わなかった。ようやく今回聴きに行く機会が出来たので、会場であるカトリック阿倍野教会へ行くことにした。
 今回はウィリアム・バードの「Liber primus sacrarum cantionum」と「Mass for Four Voices」。前者は半分ずつ第1部と第2部で歌い、後者は第2部の初めに歌うというスタイルだ。
 彼らの演奏では最初の音は音叉を利用するスタイルで、声質はピンポイントを狙った細いもので、ノンビブラートである。教会での演奏を前提にしているので、決してフォルテでは歌わない。教会の響きをうまく利用したものである。
 演奏については、最初は声が若干浮き気味で、アンサンブルが乱れた感があったが、プログラムが進むにつれてそれは修正されていった。女声7名、男声4名ではあったが、男声は強すぎるのか、女声が弱かったのか、若干のアンバランスを感じた。特にアルトが聴こえにくかったのが惜しかった。ただ、彼らの演奏はきっちり方向性が定まっており、どのような発声で歌うのかは非常に伝わった。もう少し女声の声量があればかなりいい感じになるのではないか。今、私が所属している「トーンクンスト・コア・神戸」が目指すものと同じだと思った。歌う立場だけではなかなか判らないものだったが、似たスタイルの演奏を聴くことによって理解できたのは収穫だった。
 今回の演奏会で面白かったのは、アナウンスがないことと、私服で歌っていたことだ。特に緊張もせず、リラックスして聴けたと思う。
 私にとってはこれから「トーンクンスト・コア・神戸」がどのような合唱団として活動していくのか、ちょっと考えないといけないかなと感じた。

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2009年6月18日 (木)

松井秀 阪神獲得興味に「うれしい」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090617-00000023-dal-spo

 「ヤンキース5-3ナショナルズ」(16日、ニューヨーク)
 ヤンキースの松井秀喜外野手(35)はナショナルズ戦に「7番・指名打者」で出場し、3打数無安打1四球だった。
 松井秀が3打数無安打に終わった。「打ち損じとボール球に手を出した」。自分の打撃ができずに肩を落とした。
 日本では阪神が契約最終年の松井秀の獲得に興味を持っている。ラブコールを直接受け取ったわけではないが「そういうふうに思ってくださるのはうれしい」と話した。
 「子どものときは阪神ファンだった」。ドラフトで巨人・長嶋監督に当たりくじを引き当てられるまで、阪神入りを熱望していたといわれている。「そう言ってくれるのには感謝しないといけない」とうなずいた。
 オフにはFAとなるが、松井秀の希望は来季以降もメジャーでプレーすることだ。ただ、ヤ軍との再契約が厳しいのも事実。満足な結果が残せなければ、他球団も獲得に手を挙げない可能性はある。
 「基本的にはそう(メジャーに残留)だけど、何が起こるか分からないし、どうなるか分からない」。状況次第では、日本球界復帰が視野に入っても不思議ではない。
 ピンストライプからタテジマに変わることはあるのか。日米球界の球団が、今後の松井秀の動向に注目している。
【6/17 デイリースポーツ】

 私は兵庫県人だが、子どものころからの巨人ファンである。松井選手の日本球界復帰があるかどうかは興味がないわけではないが、個人的には巨人には必要がないと思っている。今の巨人は若手が伸びてきており、チーム構成も年々変わってきている。松井選手が復帰したとしても、ここ数年の故障を考えれば守る場所はないし、平等な競争ができない。原監督は2006年に選手の相次ぐ離脱を監督として経験しており、その時に「もういい選手はいらない、強い選手が欲しい」と言っている。今の松井選手は「強い選手」とは言えないのは明らかである。
 阪神はどうなのか。今のチーム状態を見れば獲得したいのは当然だが、生え抜きにいい選手(強い選手)はいないのだろうか?そもそも昨年のV逸の原因は、現有戦力の高齢化と若手選手の層の薄さにあった。ブラゼル選手、赤田選手の獲得も悪くはないが、注目株の若手はいないのだろうか。
 背番号のことも話題にはなったが、FAでチームを去った以上は、いい選手が入団すれば期待を込めて与えるのはごく普通のことだ。いちいちお伺いを立てること自体がおかしな話である。例えば、広島カープの背番号「10」と「25」。阪神にFA移籍した金本選手、新井選手が広島時代に付けていた背番号だが、球団でこの番号を新入団選手に与える前に、彼らにお伺いを立てたりするだろうか。ありえないことだ。

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2009年6月17日 (水)

育児休業から復帰したら降格・減給、女性社員が提訴

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090616-00001034-yom-soci

 ゲームソフト制作会社「コナミデジタルエンタテインメント」(東京)の社員関口陽子さん(36)が、「育児休業から復帰したら、不当に降格・減給された」として、同社を相手取り、育休前の処遇が受けられる地位にあることの確認などを求める訴訟を16日、東京地裁に起こした。
 訴状によると、関口さんは育休取得直前の2007年~08年、海外企業を相手に、ゲームソフトの制作に必要なライセンスを取得する業務に携わり、海外出張なども数多くこなした。しかし、復帰後は、国内での事務を命じられ、月収は約20万円減ったという。
 関口さん側によると、同社側は提訴前の交渉で、「降格ではなく、役割の変更。本人の健康や育児環境に配慮した」と説明したという。関口さんは「育児のためにキャリアを削らなければならないのは女性差別だ」と訴えている。
 コナミデジタルエンタテインメント広報室の話「訴状を受け取っていないのでコメントは控えたい」 【6/16 讀賣新聞】


 自身のわがままを女性差別にすり替えている。育児休業から復帰したときに休業前と同じ業務に携われるという考えがそもそも甘いのではないか。例えば、育児休業中に代わりの社員が配置していて、その社員が優秀だったら、育児休業していた社員を戻すために、異動させるのか?通常勤務をしている時でも異動はあるし、まず配置が変わることで文句をいうのは会社員としては論外。月収が下がったというが、記事を見る限り基本給が下がったのか、手当が無くなったために月収が下がったのかがわからない。ただ、部署が変われば手当の関係で収入が上下することは十分ありえること。部署が変わったくらいで降格だ、差別だと騒ぐこと自体子供じみている。考えが甘い。
 女性の権利を主張するのはいいが、まずは子どものことを考えるべき。小さい子どもにとって、成長する中で母親の存在は本当に大きいはず。仕事で帰る時間が非常に遅かったり、出張で何日も家に帰ってこないとなれば子どもにとってどう感じるのか。父親では代わりにならないことがあるのだ。会社側もそれを考えての配置転換だろう。子どもが成長してから異動の希望を出しても遅くはないはず。それまでにしっかり今の仕事をやればいい話ではないか。少なくとも降格を考えるのはおかしい。嫌なら会社を辞めればいいだけのことだ。
 今の不景気な世の中を考えると、仕事ができるだけでもありがたいこと。普通の神経の持ち主なら、この人は会社にはいられないだろう。

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«6/14 神戸文化ホール大ホール
(第46回兵庫県合唱祭)